京都に夏の終わりを告げる「地蔵盆」

7月末から猛烈な暑さが続く京都。お盆を迎え、大文字の送り火を見て夏が終わる……というイメージがある。が、もう一つ、晩夏に欠かせない京都発祥の行事がある。地蔵盆だ。一般的な「お盆」とちがって、その間の主役は子ども。だから「子どものお盆」とも言われる。お地蔵さんの毎月の縁日にあたる24日前後の土日には、京都のあちこちの街角で、地蔵盆の提灯が吊られ、灯が入る。


地蔵盆の飾り付けの様子


地蔵盆の提灯

昔からお地蔵さん(地蔵菩薩)は、地獄の鬼から子どもを救う守り神とされる。街角や山中に祀られ、交通安全なども祈願する身近な存在である。そのお地蔵さんに、日頃の感謝を伝えるのが、地蔵盆というわけだ。

その由来は、平安時代に遡る。六道珍皇寺の井戸から夜な夜な冥途へ行ったという伝説を持つ小野篁(おののたかむら)が、冥途で出合ったお地蔵さんが地獄で苦しむ人々を救っている姿を見て感銘を受け、六地蔵を彫ったと言われる。そこから地蔵盆に繋がったとされる。

「地蔵」というのは、サンスクリット語でクシティガルバという。クシティ=大地、ガルバ=胎内を表す。大地の「地」と(胎内のように)包み込むという意味の「蔵」で、地蔵という呼び名になったようだ。平安時代の貴族社会に地蔵菩薩信仰は広まったが、時代が下って室町時代に、初代将軍・足利尊氏が地蔵を信仰したことから、民衆の間にもその信仰が浸透したと聞いた。

さて、いよいよ地蔵盆が近づいてくると、町内会はにわかに慌ただしくなる。町内の祠からお地蔵さんに移動していただき、きれいに水洗いし、お化粧を施し前垂れをかける。三段、四段に設けたひな壇にお地蔵さんを据え、花や果実、水やお餅などを供えて飾り、提灯が吊られる。


お化粧を施されたお地蔵さん


ガレージの一角? 地蔵盆のひな段の飾り付け

準備が整うと、町内の大人と子どもが集まって僧侶の読経に始まり、ところによっては数珠繰りが行われる。福引きやゲームが催され、子どもたちが一番楽しみにしているおやつが配られる。

過去には、地蔵盆は宗教的意味合いが強かった。今でも町内会によっては先祖代々の位牌や亡くなった方の戒名を書いた紙を張り出したりして、町内で亡くなった人の霊を祀るそうで、この折に、感謝と供養をする。

ただ最近の地蔵盆は子どもが少なくなり、大人たちばかりが集ってお喋りしている姿が目立つ町内会もある。なんとも複雑な心持ちになるのだが……。

祇園祭に始まって六道まいり、大文字の送り火、そして地蔵盆。どれもが酷暑を乗り切るための人々の楽しみと知恵でもあり、地元の人の心を繋いできた。地蔵盆を目にすると、夏の終わりを惜しむ気持ちと、早く秋の気配を感じたい気持ちとが、ない交ぜになり、今年も不思議な情緒に駆られるのだった。


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