
四季折々の美しさが広がる[円山公園]の見どころを紹...
京都・四条通りの突き当たりにある[八坂神社]は、全国に約2300社ある祇園信仰の総本社。主祭神に素戔嗚尊(すさのをのみこと)を祀り、平安時代の建築様式が残る国宝の本殿をはじめ、西楼門や石鳥居など多くの建物が国宝や重要文化財に指定されています。「祇園さん」として愛され、毎年7月に「祇園祭」が執り行われることでも知られている。今回はその「祇園さん」の見どころを深掘りしてきました。
祇園のシンボルである西楼門
西手水舎に刻まれている「感神院」の文字は明治以前の名称
1070(延久2)年の文書『太政官符(だじょうかんぷ)』には「東は白河山、南は五条(松原)以北、西は鴨川、北は三条以南」と記されており、かつては、現在よりもかなり広い範囲が境内として定められていたことが分かる。桜の名所として知られる円山公園も昔は境内だった。素戔嗚尊が桜を愛で託宣歌(たくせんうた)を詠んだことから、多くの人が繁栄を願い桜を植えたことで、現在のような桜の名所になったと言われている。
本殿(国宝)
現在は漆喰で固められているため見ることはできないが、本殿の下に青龍が住むといわれている池があるそうで、「龍穴」と呼ばれている。
本殿の東側と神饌所※を囲む塀「透塀(すいべい)」は、木の地肌そのままの材木を使って建物を建てる素木造り。水色の連子(れんじ)の上に唐草模様の美しい彫刻があしらわれている。
※神事の際に神様にお供えする食事を作る場所
本殿の一部を囲む透塀
荒々しい神様として知られている素戔嗚尊は、実は31字の歌を初めて詠んだ和歌の神様でもある。出雲で詠んだ歌が本殿の後ろにある「歌碑」に刻まれている。
妻を思いながら詠まれたこの歌からは、普段猛々しい神様の繊細な一面が感じられる。
素戔嗚尊の歌碑
三ノ鳥居。昔は「感神院」の扁額が掛かれていた
そして石鳥居と南楼門の間には、江戸時代末期から明治時代にかけて、尋ね人や迷子を探すときに掲示板として使われていた石碑「月下氷人石」が安置されている。[八坂神社]のほかにも、[北野天満宮]の奇縁氷人石、[誓願寺]の迷子しるべ石も同じ役割をしていたのだそう。
月下氷人石
時計台
1928(昭和3)年築の重要文化財に指定されている神輿庫には、3基の神輿が奉安されている。コンクリート造で、火事や災害にあっても壊れないよう頑丈な作りで神輿を大切に守られている。
神輿庫
さらに境内にある摂社の一つ[疫神社]には、疫病除けの神様として蘇民将来命(そみんしょうらいのみこと)が祀られている。貧しいながらも、できる限りのもてなしをしてくれた蘇民将来命に感銘を受けた素戔嗚尊が『疫病が流行しても「茅の輪」をつけて「蘇民将来の子孫なり」といえば災厄から免れる』と約束したことで、疫病退散の神様として信仰されている。祇園祭の粽の護符に書かれている「蘇民将来子孫也」の由来にもなっている。
祇園祭の最終日に[疫神社]で行われる夏越祭では、大きい茅輪を鳥居に掛けて人々がくぐり無病息災を願う。
疫神社
御神水
また、摂社の1つで市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)など3柱の女神を祀る[美御前社]には美容水が湧いており、少量を肌につけると身も心も美しくなるというご利益があると言われている。祇園の芸妓さんや舞妓さんなど、美しくなりたいと願う女性たちから信仰を集めている。
美御前社の美容水
御朱印所の近くには、なんと「祇園水」の自販機も設置されている。販売している水は、主祭神の素戔嗚尊が海の神でもあることから、海洋深層水で作られた水なんだとか。参拝の最後に、一本の「祇園水」で、心身を清めよう。
いつもにぎやかな祇園のシンボルである西楼門が移動していた過去や、素戔嗚尊の知られざる一面など、新たな発見はありましたか?
今回取り上げた場所をチェックしながら散策すると、より「祇園さん」の魅力や歴史に触れられるはず。(編集部K)
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