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上桂川(大堰川)の河原の様子
その後、何も知らぬ旅人が通りかかり、光厳法皇が腰掛られた石に座って休憩した。そしていざ、立ち上がろうとした時、石にお尻がひっついて離れなかった。以来、地元の人たちはその石を、「光厳さまの腰掛石」と呼び、貴石として敬った。庶民が腰をかけるなど恐れ多い、もし腰かけたらお尻がひっついてしまうと噂して、決して腰かけることはなかった。また、光厳古道にあるその貴石の前を通る際、里を出る者は旅の安全を祈願し、里に入る者はこれまでの無事を感謝したと聞く。

光厳法皇の腰掛け石

腰掛け石付近から見た京北の里
京北山国に入られた光厳法皇はこの地に隠棲され、常照皇寺を開かれ、崩御されるまで過ごされた。常照皇寺には、山国の地で暮らす兄を慰めるため、弟の光明天皇が持参して共に植えられたと伝わる桜「九重桜」があり、国の天然記念物にも指定されている。

常照皇寺
これまで過酷な運命に翻弄されてきた法皇だからこそ、この緑と水の豊かな山里に抱かれる終の棲家は、どれほど心安らぐものだったか想像に難くない。そして光厳法皇が座られた道端の石は、今でも光厳古道の貴石「腰掛石」として大切に安置され、行き交う人びとを見守ってくれている。

光厳古道
京都の街のどこでも存在する伝承。それは単なる絵空事ではなく、この現代にも密やかに息づき、常に人々と共存し続けている。1200年余りの歳月をかけて生み出された、「摩訶」不思議な京都の「異」世界を、月刊誌Leafで以前「京都の魔界探訪」の連載をしていたオフィス・TOのふたりが実際にその地を訪れながら紐解いていく。。