僅か9年で幕を閉じた真相とは?幻の鉄道「大仏鉄道」でロマンを感じてみた!

みなさん、こんにちは。遺跡にはロマンが溢れていると思っているWebLeafスタッフです。人がもたらした過去の発展や、世にはあまり知られていない歴史などを聞くとワクワクしてきませんか?
今回は、そんなワクワク心をくすぐる“ある鉄道”にまつわるイベントに参加した様子をリポートします!

■“ある鉄道イベント”へ出発!

12月某日、WebLeafスタッフがやって来たのは、JR関西本線(大和路線)の加茂駅。京都・木津川市加茂町の主要駅です。京都駅からだとJR奈良線で木津駅まで乗り、そこからJR関西本線に乗り換えて1駅目(終点)が加茂駅(MAP1)なのですが…

京都駅から約1時間の電車の旅を終えて降り立った加茂駅には一体何があるというのでしょう…。

実は…、、“今はなき幻の鉄道があった”というのです!その名も、「大仏鉄道」。

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加茂駅のすぐそばには、大仏鉄道の車輪のモニュメントが。

■「大仏鉄道」って知ってる?

「大仏鉄道」は、明治時代の鉄道会社「関西(かんせい)鉄道」の加茂〜奈良を結ぶ路線の愛称で、開業当時、名古屋方面からの大仏参拝客で賑わっていたことからこの愛称が付けられたそう。木津川市にゆかりのあるWebLeafスタッフは、この事実を最近知り、周囲に「大仏鉄道」の話をしてみると知らない人がほぼ100%という状況に、「大仏鉄道」への興味が一層高まったのです。その矢先に飛び込んできたのが今回参加した『大仏鉄道開業120周年記念ウォーク』というイベントです。

■『大仏鉄道開業120周年記念ウォーク』へ!

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「大仏鉄道」が開通して、ちょうど120年が経ったことを記念に開催された今回のイベントは、JR加茂駅を出発地点に、当時「大仏鉄道」が実際に走っていた道のりを歩きながら、その遺構を巡ろう、というもの。

200人を超える参加者さんと一緒に、大仏鉄道をこよなく愛すガイドさんの話に耳を傾け、いざ出発です!

■大仏参拝客で賑わった「大仏鉄道」

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ガイドさんの話によると、「大仏鉄道」は明治31年に開業真っ赤でシックな英国製の蒸気機関車が町を駆け抜けていたそうです。開業当時は、加茂駅から現在のJR奈良駅の北約1.1kmに仮設的に造られた大仏駅までの約8.8kmの“大仏路線”が存在したとか。その翌年には奈良駅までの延長に成功し、大阪方面への交通の便が改善されたそう。

交通の便の良さから「大仏鉄道」は、大仏参拝客で大賑わい。順風満帆にも思われた「大仏鉄道」が、なぜ開業から9年で幕を閉じることになったのか…。

■開業から9年で廃止した「大仏鉄道」の大きな落とし穴

開業からわずか9年で廃業することになった「大仏鉄道」。その大きな原因は、“急勾配な道のり”だったと言われています。

山道を通るルートに、高低差は付き物。数字を聞いてもあまりピンときませんが、「大仏鉄道」には25パーミル(水平距離1000mあたり25m)もの高低差があったそう。急勾配ゾーンでは乗客が降りて、みんなで機関車を押していた、なんてエピソードがあったほど、走行が非常に困難だったそうです。

明治40年になると、加茂駅から木津駅を経て奈良に至る平坦路線が開通したため、急勾配だった「大仏鉄道」は、僅か9年という短い生涯で幕を閉じることになったそうです。

初めて知る鉄道史に、切なくもちょっぴり胸が熱くなるWebLeafスタッフ。それでは当時の路線を辿っていきます!

■遺構巡りスタート

「大仏鉄道」が走っていた道のりを歩きながら遺構を巡ります!

加茂駅から西に歩みを進めるとすぐそばに、赤レンガ造りの建物を発見!

●ランプ小屋(MAP2)

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こちらは、2016年に登録鉄道文化財に指定された切り妻屋根の「ランプ小屋」で、主に燃料や照明用ランプの保管庫として使われていたようです。

レンガを使用したこちらのランプ小屋はオランダ積みで、ランプ小屋は、近辺では加茂駅のほか、稲荷駅、敦賀駅、そして柘植駅にも現存するとか。

この先を歩くとすぐ近くに、旧国鉄「C57SL」が展示されていました!昭和12年製の機関車です。

●「貴婦人」と呼ばれた旧国鉄「C57SL」(MAP3)

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数字の前のアルファベットは動輪の数を表すそうで、「C57」の「C」は"動輪3つ”、「D」だと“動輪4つ”を意味するそうです。

「貴婦人」と呼ばれたこの機関車は、関西本線を走っていました。

貫禄あるSLを見た後は、今はなき「大仏鉄道」の線路跡をひたすら歩きます。

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自然が美しいのどかな風景に心が癒される〜。

ここから先は、橋台や隧道の遺構を巡っていきます!

●「観音寺橋台」(MAP4)

観音寺橋台の奥には、JR大和路線が並走するように走っています。観音寺橋台の標高は57mだそう。加茂駅が標高36mだそうなので、“急勾配”と聞いた通り、この時点ですでに傾斜はそこそこあります。

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手前が大仏鉄道の橋台。奥がJR大和路線。大仏鉄道の方が高いのですね。

ここから100mほど歩くと、「観音寺小橋台」が見えてきます。

●「観音寺小橋台」(MAP5)

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こちらも先ほどの「観音寺橋台」同様、奥に大和路線、手前に大仏鉄道の橋台があります。

竹林が生い茂る中、しばらく上り坂が続きます。

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竹やぶの中は気温が下がりますね。寒い!

●「鹿背山橋台」(MAP6)

西洋と同じように石材を積み上げて造られたという「鹿背山橋台」。

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遺構の中でも人気スポットなのだとか。

脇の翼しょうと呼ばれる部分は、日本の民家でもよく見られる石の積み方がされており、和洋の文化が融合しているのも魅力です。

続いて、鹿背山橋台から約1km先にある「梶ヶ谷隧道」を目指します。

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道しるべがあるので、順路がとてもわかりやすい!

●「梶ヶ谷隧道」(MAP7)

“隧道”と名のつく通り、当時は水路だったそうですが、現在は通り抜けることができます。

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この水路の上を大仏鉄道が走っていたということです。

アーチ部分はレンガ造り、その下の部分は御影石が積まれています。ガイドさんによると、当時はこの周辺で御影石(花コウ岩)がよく採れたそうです。

通り抜けると、こんな感じ。
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こちらから撮っても絵になります。

このすぐ近くにも遺構スポットが。

●「赤橋」(MAP8)

当時は鉄橋だったと言われる橋桁。今は石が積まれ、生活道路として車が通れるようになっていました。

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現役としてもまだまだ通用しそうなほど立派にそびえ立っていました。

御影石とレンガを組み合わせ、長短の赤レンガを交互に積むイギリス積みで建てられているとか。真っ黒になっているレンガもありレトロな雰囲気も漂います。

さて、全体の4割ほど歩いたところで、昼休憩をとることに。

●休憩スポット「城山台公園(大仏鉄道公園)」(MAP9)

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ボランティアガイドのみなさんが加茂駅で販売していたお弁当!柿は木津川市の名産物って知っていましたか?

お腹を満たしたら、後半戦です。ここからは地図を見ながら自分たちのペースでゴールを目指します。

木津から奈良へ続く道をてくてく歩くと「うめだにカフェ」が見えてきます。

●「うめだにカフェ」(MAP10)

こちらでは「井関川橋梁跡」のイメージ図が展示されているそうなので、興味がある人はこちらも立ち寄ってみてください!

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"梅谷区公民館”と書かれていますね。元々は公民館だったのでしょうか。

歩みを進めると、関西鉄道の社章のモニュメントが建っていました!

●「関西鉄道 社章モニュメント」(MAP11)

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関西鉄道の大仏線として走っていた大仏鉄道。その関西鉄道は、大仏鉄道廃止後の1907年に国有化されたそうです。

このモニュメントのそばの階段を降りたころにも遺構スポットがあるようです。見逃してしまいそうなこちらは、「松谷川隧道(すいどう)」です。

●「松谷川隧道」(MAP12)

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よく見るとレンガ色と黒色の2色のレンガが使われていますね。デザインとして意図的に黒色のレンガを混ぜたとも言われているそうです。

こんな場所に隧道があるなんて…。これは気づかないな〜。

さらに勾配のきつい道を進むと、目を引く建物が。これまで通ってきた大仏鉄道の遺構をも匂わせるレンガ調の建物の正体は…“タツタタワー木津川市(木津南配水池)”と書かれていました。

●「タツタタワー木津川市」(MAP13)

木津地区のランドマークとなっているこちらの給水塔は、1999年3月に特産品の“タケノコ”をイメージして建てられたものだそう。

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高さ47mの圧倒的な存在感!ライトアップされる日もあるとか。

この先にあるのが「鹿川隧道」です。こちらも一般道路が通る下にあり、知らないと通り過ぎてしまいそうになるので要注意。

●「鹿川隧道」(MAP14)

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農業用水路の目的で造られた「鹿川隧道」は、現在も利用されているとか。

スタートから8kmほど歩き、疲れも感じてきましたが、まだまだ頑張って歩きますよ!

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ゴールを目指します!

[国境食堂]という食事処を目の前にして、早くもお腹が空いてくるWebLeafスタッフ。

●[国境食堂](MAP15)

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この辺りが京都と奈良の県境!

空腹を無視して歩みを進めていると、ようやく大仏鉄道の沿線上で一番高さがあったと言われるスポットにたどり着きました!

●「黒髪山トンネル跡」(MAP16)

明治40年の「大仏鉄道」廃止後もトンネルは残っていたとか。昭和41年の道路拡張に伴い、山が切り開かれトンネルが壊されたそうです。車も多く通る大通りが、実は線路だったと知り、驚きです。

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「大仏鉄道」で唯一のトンネルこの橋の下にトンネルがあったとか。

「黒髪山トンネル」の高さは86mもあったそうです。スタート地点の加茂駅が36mだったので、そこから比較すると急勾配なことがわかります。

当時のトンネルの様子。思った以上に立派なトンネル!

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「黒髪山トンネル跡」案内看板より。

想像以上にスケールのあるトンネルがあったことがわかった「黒髪山トンネル」。ここを越えると、あとは下り坂。1.5kmほど歩くと、当時「大仏駅」があった場所に辿り着きました!

●「大仏鉄道記念公園」(MAP17)

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平成4年に造られたそうで、実はそれほど古くない公園。奈良市と地元自治会の協力のもと、大仏駅の跡地に記念公園が誕生したのだとか。

■約13kmの遺構巡り。ゴールはすぐそこ!

さて、あとは1.2km先のゴール地点・JR奈良駅に向かうのみです!

ほぼゴール地点のところに鹿の置物があったので、JR奈良駅旧駅舎(MAP18)前広場の人混みでの撮影を配慮して、今回は駅から200mほど離れた場所でゴールの記念撮影!

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約13kmの旅が終了です!

■本当に存在した「大仏鉄道」

“幻の鉄道”と言われた「大仏鉄道」の遺構巡りは、加茂駅をスタート地点に、ゴールのJR奈良駅まで約13kmの道のりの高低差がきつく、思っていたよりもハードな道のりでした。線路こそ残ってはいませんでしたが、多くの遺構を巡ることで、大仏鉄道の歴史やその歴史を辿ってきた人々の思いや背景をイメージすることができ、とてもロマン溢れる時間を過ごすことができたWebLeafスタッフです。

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当時の様子がわかる写真

■「大仏鉄道」の希望を繋いだ「新幹線」

僅か9年という短い期間で幕を閉じた「大仏鉄道」ですが、「大仏鉄道」建設当時の白石直治社長をはじめ、白石社長の下で働いていた島安次郎氏やその息子・島秀雄氏らが、東海道新幹線の誕生に力を注ぎ、「新幹線」の生みの親と言われる活躍を果たしたそうです。

一度閉ざされた光が、「新幹線」という別の形で希望の光となり、今日も活躍しているなんて本当に胸が熱くなります!

「大仏鉄道」の遺構巡りに興味を持った方、ぜひ歴史の背景をイメージしながら散策してみてください。遺構スポットごとに、そのスポットの詳細が書かれた看板があるのでガイドさん無しでも楽しめますよ♪みなさんもぜひ、ロマン感じる旅を!

■「大仏鉄道」遺構巡りに関する問い合わせ

●奈良市観光経済部観光戦略課
Tel. 0742-34-5135
奈良市公式サイト>>

●木津川市マチオモイ部観光商工課
Tel. 0774-75-1216
木津川市公式サイト>>

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