




寺井:滋賀県立大学の音楽サークルで出会い、最初は8人くらいいるバンドでホーンセクションのバンドのカバーをやってました。そのバンドの休憩時間に3人でセッションしてたんですけど、回を重ねるごとに「これ、いけるんちゃう」って思いだして。
浦山:僕ら同い年なんですよ。8人くらいいたんですけど、年上の人とか女性もいる中で、たまたま同い年の男が僕ら3人だけだったんで、ちょっとだけ通じるものがそこにあって(笑)
寺井:若かったし、調子に乗ってた(笑)
浦山:お互い面白そうだなっていう気持ちは持ってましたね。

寺井:浦山は同い年なんですけど、一人だけ学年は一個上だったんですね。そういう話をせず、活動を続けてる中で、彼は、会社から内定をもらったりして。当時オーデイションとか受けて上手くいってたんで「いけるんちゃうかな」とかは思ってました。僕ら2人が一緒にいたときに彼から「俺バンドを本気でやろうと思います」っていう長文のメールが入ってきて。彼が内定を蹴ったのが一番本気でやろうって決めた瞬間でした。
浦山:自分もやりたい気持ちがありつつも、周りのみんなに合わせて就職活動をしてみたりとかしてて。9月の末頃まで猶予があったので、それまでずっと悩んでたんです、2人に言ったら「やろうよ」っていうのはわかってたし。そのときの自信はなんでそんなあったかわからないですけど、なんか出来そうだなっていうのはあって。やっぱその時は、バンドやっているのが一番楽しかったし、ここで辞めちゃったらもったいない気がする。ここで一回人生を賭けてみようかなって思って。
澤本:僕ら二人は学生だったんでそんなに考えてなかったっていうのは、正直あります。彼の決断で意識が変わりましたね。


寺井:ちょっとけんかしたときとか(笑)一回泣かされて、どうしてもサビができなくて「俺もうできへん!」っていったら「お前何言ってんねん」みたいな(笑)でも、今になって思うのは、なんとなく3人で始めたんですけど、今は3人でやってる意味っていうのがすごく大事になってきて、この3人でしかできないんだなっていうのはよく考えるようになりました。


寺井:上京したのがすごい大きなきっかけになっていますね。上京したことによってもう帰ってこれないみたいな。京都帰ってきたらかっこ悪いし(笑)余計なことは考えなくなりましたね。まあ、大事な人を置いてきたりとか。
一同:(笑)
寺井:「オトンとかやで!」
やっぱ東京行って思ったのが、すごくバンドとかたくさんいて、埋もれそうな気がしたときに、2人が傍にいてくれて。自分ひとりやったら多分「ぽっしゃ」ってなってたけど、四十六時中一緒にいて、すごく自分にとって大事な存在で、音楽的にも人間的にも。誰も知り合いがいない土地に行って初めてわかりました。京都にいたときにいろんな人に支えられていたありがたみも改めて感じましたし。だからこそもっともっと頑張りたいなと思っています。

寺井:演じてライブとかするタイプじゃないので音楽が自分そのものやと思っているから、すごく素直にやっていたいと思っていて、そういうことで共感とか感じてもらいたいです。自分を知ってほしいっていう気持ちが強くて。自信ない自分がいる反面、唯一音楽が救ってくれてて、音楽だけは自信をもってやれてるから。そこで皆が「いい曲やね」っていってくれてることが嬉しくて。「繋がっていたい」っていう気持ちが強いから、ストレートな歌詞も書くし、素直にライブもしたいし、そういう音楽がやりたいですね。


浦山:京都でのライブは、久しぶりなんですが、僕らが京都を拠点として活動していた時のホームでもある京都MUSEでこういう形でライブさせてもらうことはすごく楽しみです。
寺井:どんどん新曲も出来上がっているので、パワーアップしたところを見せられたらなと思っています。
浦山:なかなか普段ライブに行かない人って、ライブハウスには行きづらいという気持ちがあると思うのですが、一回きていただければ楽しんでいただけると思います。色んな年齢層の人に聞いてもらえたらなとも思います。

寺井: 東京行ったけど、歌詞とか曲とかこっちに住んでいたときの想いが多いですね。そのとき思ってたこととか、自分の中に拡がっている景色とか。やっぱり人生の大半を過ごしたところでもあるし。有無を言わさない安心感があって、唯一気を許せる場所だと思います。
浦山:バンドを結成した当時に一番素直にやっていた土地なので。僕らも悩むときがあって、気持ちを素直に戻そうとしたときに立ち返るのは京都ですね。古くさい言い方かもしれないですが、僕らにとってはやっぱり「ふるさと」ですね。







